パニック障害と信仰 ― 不安と死への恐怖をイエスに委ねる
20代の頃遭った交通事故の後遺症によるPTSD
私には20代の頃遭った交通事故の後遺症によるPTSDがあり、今でも時々パニック障害の発作が起こります。
パニック障害は他人には理解しがたい恐怖感、不安感などが何の前触れもなく襲いかかります。それにともなう動悸で心拍数は毎分150回以上となります。(全力疾走した時の心拍数が、自分の意思とは関係なく起こります)
動悸、呼吸困難、冷汗、めまいなどの肉体的症状はとても苦しくて「自分はいまここで死んでしまうんじゃないだろうか・・」とますます極度の恐怖と不安に苛まれます。
自分には薬物療法は副作用が強すぎて、それもダメ。こちらの大学病院でフロイト派、ユング派、両派医師のカウセリングも受けていましたが、どちらも発作の改善はみられませんでした。

パニック障害の根底にある不安や「死」に対する恐怖心をイエス・キリストに委ねる
パニック障害という自分の肉体に与えられたとげがきっかけで23才の時にイエス・キリストの福音に触れ、悔い改めて受洗して以来、イエス様が僕のカウンセラーになって下さっています。
この病気は生涯続くものと腹を括り、今でも年に数回襲ってくる発作に見舞われた時は・・、
「イエス様!今日が僕の最後の日ですか? 怖いです。でも仕方ないです。あなたにすべてを委ねます。家族の事、愛する人たちのことをよろしくお願いします。天国でまた皆と再会できますように・・」 と、自分がパニくってるその状態を受容しつつ、イエス様に叫び続けます。
で、この「あなた(イエス様)にすべてを委ねます・・」この神様への叫び(?)の効果は(自分には)絶大で、祈り(叫び)の中で心拍数も気持ちも安定していくのを感じ、何事もなかったかのように主に在る開放感を得ます。
それはパニック障害の根底にある不安や「死」に対する恐怖心を受容し、甦(よみがえり)りの主、死に打ち勝ったイエス様に「委ねる」という方法で対処することよって「平安」を取り戻せるからです。
「神様のおぼしめし」の世界
基本的に人間は理由を欲しがる生き物です。自分の不幸の原因を知りたがる。明治以前の日本の社会であれば、「この世で起こっていることはすべて神さまの思し召し」という了解がありました。【「何も選ばない」生き方のすすめ ストレス対処への新たな視点、宗教人類学–植島啓司氏】
上は、ずいぶん昔の日経ビジネスにあった宗教人類学者の植島啓司さんのストレスに関するインタビュー記事にあった一節です。私もここアメリカで救われて日々の生活の基盤を「神さまの思し召し」にしてから41年になりました。
自分にとって「神様のおぼしめし」の世界はお医者様にも、特効薬にもまさった効力があります。
NCM2隊長
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