惠会のこと(1)

今月の婦人会では各地域で持っている祈り会グループ(家庭集会=信徒だけの集会)の証しをすることになり、惠会で一番の古株である私が指名され、ここに一部をまとめました。

「チュラビスタという名の地域に移り住んで早33年になります。当時新しいグループを開き我が家で集会を持ちはじめ、「5区」と名づけました。当時のメンバーは今はほとんど居られません。みな日本へ帰られたり、移動されたりし、とても淋しくなりました。

でも我々はこのことを、“宣教師を日本へ送りましょう!”と言って励ましあいました。彼らはその置かれた場で家庭集会を開いたり、教会へ繋がったり、良き証し人として活躍されているという便りを受け、とても嬉しく思っています。

「水の上のパン」と思ってしていたことも、見えないところで、実っています。ハレルヤ!当時は日本からの駐在員の方々が多く、大勢のお子さん方がいました。

その中で、Nさんはお家を開放し、子供達は二階を遊び場として提供して下さり、まるで幼稚園のようでした。15名程のメンバーが聖書の学びと祈りの時、証しの時をもちました。その後のお食事会の賑やかなこと、楽しい交わりでした。

時の移り変わりと共に顔ぶれも変わり、今は名も「惠会」と改め、メンバーは約13名です。

とし子