理解の限界に頭を垂れる謙遜さ
イースターに際し、イエス様を死から蘇みがえらされた神を信じることができた幸せは、言葉では言い表せない感謝にあふれています。
今回大倉信先生のイースター礼拝メッセージ「我等は寄留者なり」を通して、深く思わされました。
「ただ私たちのできることは無から有を生み出す神にできないことはないと信じることだけです。
どうやら神様は人間が“全て分かった”ということを誇るように作られたのではなく、その“理解の限界に頭を垂れる謙遜さ”というものを望まれているようです。」
と語られ、頭で考え、理屈で理解するのではなく、これが本当の「謙遜」なのだということを学び、教えられ感謝しました。
ハレルヤ!
とし子






ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません