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“ところてん”のような説教でもないよりましか?

最近、“ところてん”を食べている映画の場面を見て、そういえば、“ところてん”という不思議な食べ物があったな~と懐かしく思い出しました。ほんの数回しか食べたことがないのに、その味もおぼろげないのに、とても懐かしい。今の若者には、わからない食べ物だと思います。

ガラスの器にあの細長い(半透明な)ゼリー状の食べ物。これを酢醤油でちょっと洋辛子をつけて食べる。さっぱりしていて美味しい。酢醤油で食べるのは、東京で、日本全国には、蜜をかけて食べるとか、いろいろあるという話ですが、これは、やはり酢醤油でしょう。それに、これは、箸一本で食べるのだそうですが、どうしてなのかわかりません。箸二本で食べても厄介なものなのに。・・・

その映画の場面では、“ところてん”のもとである寒天を溶かして固めて、切ったものを木で作られた長方形の筒に入れてキュウっと絞り出すところが写されていたのですが、この道具を「天突き」というのだそうで、そこから出てくる“ところてん”が更に美しいもののように見えるのです。

いや~実に風情がある。

そう思っていたら、驚いたことに、この「天突き」がアマゾンで売っているではないですか!ということは、今でも家庭で“ところてん”が作られているっていうことですね。 

                      

寒天で、いろいろなデザートが造られているのは、知っていましたが、“ところてん”が家庭で作られているとは知りませんでした。

私も、礼拝でメッセージをさせていただいている者ですが、いつも何を話していいのかと悩む者ですが、幸いにいつも何か話すことが与えられてきています。神さまが聖書の中から話す言葉を与えてくださるのです。

それで、この“ところてん”の画面を見ながら、考えたことは、私たちメッセンジャーは、この「天突き」なんだな、ということですね。神さまが、聖書の御言葉を用意してくださり、私たち(天突き)に入れてキュウーと絞り出してくださる。

これは、なかなかいい「たとえ話」だと思って、悦にいってたら、この“ところてん”には何の栄養もないということがわかったのです。ただ、消化を助ける整腸剤にはなる、というのです。せっかくいい話だと思っていたのに。・・・・でも、まあいいか、整腸剤でも。

「つかわされなくては、どうして宣べ伝えることがあろうか。「ああ、麗しいかな、良きおとずれを告げる者の足は」と書いてあるとおりである」(ローマ人への手紙10:15)

ロバート・イー


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  1. 敬愛する中野雄一郎牧師が、「牧師が礼拝メッセージをしている時、会衆の中で寝ている人がいたら、その寝てる人ではなく、説教している牧師をつっつけ!」って仰ってた事を思い出しました。^_^;

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