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長く生きてきた年輪の美しさをもちながら、天国への願望を生きる年代

黄昏1

このブログの管理人でNCM2の隊長、ヨシオ・J・マキ氏が、60歳を過ぎたばかりにもかかわらず、ご自分のことを「黄昏族だ」といわれたので、びっくりしました。私からみたらまだまだ昼間族のようなお年だからです。

黄昏という言葉は漢字からして好きです。黄色くて昏(くら)い、あの夕暮れ時のなんともいえない、暗いけれど昼間の明るさが残っているころのことですね。

黄昏2

ウエブで検索すると・・

「日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残の赤さが残る時間帯である。いわれは夕暮れの人の識別がつかない暗さになると、誰彼となく、『そこにいるのは誰です』『誰そ彼(誰ですか、あなたは)』と尋ねるころ合いということです。」

とあります。

また比喩としては、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」 とも書かれていました。 人生の黄昏、それは長く生きてきた年輪の美しさをもちながら、天国への願望を生きる年月でしょう。

大好きな映画の中に1981年制作の映画「黄昏」があります。配役は、キャサリン・ヘップバーン、ヘンリー・フォンダ、ジェイン・フォンダという大スター達。英語の題は、舞台となったところから「On Golden Pond」ですが、日本語の題がぴったりです。


On Golden Pond – Trailer

美しい湖畔の別荘ですごす、人生の黄昏を迎えた老夫婦のところに長年確執があったために、会っていなかった娘が婚約者とその連れ子である息子を連れて訪ねてきます。そして、その連れ子を通して、娘との和解が成立するという、感動的な映画です。

樋野興夫著「こころにみ言葉の処方箋」

こころにみことばの処方箋

最近読んだ本、順天堂大学医学部の教授、樋野興夫著「こころにみ言葉の処方箋」では、

「人間は最後の5年が勝負です。自分で何もできなくなった時からが勝負なのです。自分の性格を完成することです。」

とあります。

クリスチャンである著者は最後の5年間で今までの人生を整理しなさいといいます。もちろん、いつ死ぬかはわからないことですが、黄昏時になったら、このことを始めるべきでしょう。

映画にあったように確執のあった人達とは和解すること。また次のような言葉もありました。

「夕暮れ時に、光がある。終わりに輝きがある。人間不思議ですね。」

まさに黄昏時のことです。

大切なのは、最後までどう生きるかです。何を残すかです。

「大切なのは、最後までどう生きるかです。何を残すかです。」私達、黄昏族、このように過ごしたいものです。かすかな暖かい光を他の人に与えながら、きれいに闇の中に消えていきたいものです。友人が言っていました。紅葉のように私達は散るけれど、あとの世代の腐葉土となるのだと。

『我らの国籍は天にあり』(ピリピ書3:20)

黄昏族のみなさま、今日も天国を目指して生きましょう。

竹下弘美
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Comments / Trackbacks

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  1. 映画「黄昏」を観たくなりました。自分の生をいかに生き切るかを、遅ればせながら考えさせられます。

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