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さよなら、グッバイ、また会いましょう

<最近は、“さよなら”という言葉がつかわれなくなったそうです>

そう言えば、「さよなら」という言葉を聞きませんね。“じゃね”とか“またね”という言葉はつかわれるけど、「さよなら」という言葉は、あまり聞きません。何か、もう会えないという感じ(響き)があるからだそうです。今頃は、飛行場に友人を送っても、車から降ろして、“じゃね、元気でね”と言って、ハグぐらいして、別れる。前は、少なくとも搭乗口のゲートまで見送ったものだけど、・・・。

<“さよなら”の語源は>

“左様でござるか、(それなら)、これにて御免”というような使い方から来るとのことです。“さよう”“なら”ですね。つまり、会話をしていて、時をみはかり、“そうでしたか、よくわかりました、それでは、お元気で、またお目にかかります。という意味で、今生のお別れを意味したものではなかったようです。

ここで、急に、都はるみの♪「さようなら さようなら 好きになった人」という演歌が頭に浮かんできた。(礼拝で使えるかも、、、いや、ダメですか 😓)

<でも、やはり、別れはつらいんです>

猫の飼い主が亡くなって、寂しくしている猫に、その飼い主の写真を出した携帯電話を渡すと、その猫がその携帯をしっかり抱いて頬ずりするという動画をみせてもらったけど、思わず泣かされました。その猫は、飼い主がもう戻ってこないというのを知っているんですよね。

<昔はもっと“別れ”を意識していたのだろうか>
昔は、外国に行く船から波止場の人たちにテープが投げられ、見送る者、見送られる者がお互いに出発までテープを握っては名残を惜しんでいたものです。汽笛がなり、船が波止場を離れていくと、テープが切れて海におちていく・・・。そういう情緒はもうない。遥かかなたの白黒の世界です。

<グットバイ、Goodbyeはどこから>

Goodbye は、Goodwye から来るそうで、God be with you(神共にいますように)という意味で、これも、永遠に会えないという意味ではありません。Good morning, Good day, Good evening, Good night というように 良い時をお過ごしください。という意味ですね。

<この世の最後の別れに際して>

ロスアンゼルスに戻ってきて、ロスは広いな~と思います。そして、あちらこちらに友人がちらばっているので、なかなか会えません。皆が一同に会えるのは共通の友人のお葬式(メモリアル・サービス)です。お互いにクリスチャンだから、和気あいあいで、今度はだれの葬式かと不謹慎(?)な話を笑顔でしています。
誰でもそのうち天の御国に召されていくのだし、そこは、この世よりはるかに楽しいところなんだから、“さようなら、さようなら、先に行くぜ~”って手を振らせていただきます。

「23:6 生きている限り、主の恵みといつくしみが、私についてきます。やがて、私は主の家に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう。」 (リビング・バイブル、詩編23:6)

ロバート・イー

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