猫との日々

2018/06/10命の水の泉から

冬は 寝る前にヒーターの前の箱の中で寝込んでいる猫のパフを捕まえる。抱き上げると、熱が毛の中にこもっているので、そのままベッドに連れ込んで一緒に寝ると最高のヒーティングパッドだ。ダビデ王は年老いて、身体が寒く感じられるようになった時多くの側女を置いたというが、猫の暖かさを知らなかったのだろう。猫ほど最適な行火はない。

いつも私は猫といっしょにすごしてきた。行火の役割もあるが、猫がもたらす穏やかさ、平安、ひいては癒しに惹かれているのだろうか。私の人生は猫なしでは考えられないし、それ以上に信仰の上でも猫を通していろいろ教わった。

日本にいたころも成長期を猫と共にすごした。渡米してきてからも次々と猫にかかわり続けてきた。最初のジョナは、捨て猫だったのだが、私たちの過失で死なせてしまったことから、イエスさまが私たちの罪のために死んでくれたことを知った。また、パフの前のピーチェスとは七年一緒にすごしたが、ある夜出たまま、帰ってこなかった。近所に張り紙をし、探したが、もしかして、SPCAに保護されているかもしれないという一縷の望みをもって、SPCAに探しにいった。

SPCAの中に入るとどの猫も犬もみんな連れて帰りたくなるから、入らないで、保護された写真だけをみせてもらうつもりだったが、2回目には入るようにいわれ、気の進まぬまま、中を案内してもらった。犬の入っている棟と猫の入っている棟はもちろん、別だった。外にはかわいい子豚まで囲いに入っていた。迷い豚だという。

ある犬と目が合ってしまった。その目はあきらかに「ここからだして、連れてって」

と訴えていた。だから入るのがいやだったのだ。多くの猫はもうあきらめているかのように檻の中で憂鬱な顔をしていた。この子たちみんなをアダプトすることができたらどんなにいいだろう。

 もらいにくる人はきっと健康でかわいい犬や猫を選ぶだろう。それ以外のものは?それを思うと悲しくなる。
 この世の中は優れた者、きれいな者がいつも選ばれることでなっている。 けれど神様の尺度はこの世のとは違うから、どうしようもない者から先に選んでくれるようだ。

 LAにいたころ、皮膚病だらけの猫を拾ったこともある。私たち以外この猫を拾う人はいないだろうという気持ちからだった。

 神様が私を選んでくれた意味がその時わかった。

「わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪びとを招くためである。  マタイ9:13」

竹下弘美


にほんブログ村 ライフスタイルブログ アメリカンライフスタイルへ
アメリカンライフスタイル・ブログランキングに参加しています。よろしければ応援クリックをお願いします。

2018/06/10命の水の泉から

Posted by NCM2 CHOIR