賜物

2018/06/10命の水の泉から

しかし私たち一人一人にキリストの賜物のはかりにしたがって、恵みが与えられています。エペソ4:7

この年になってみると自分にある賜物、無い賜物がはっきりしてくる。十年前から 子どものころ、いやいやしていたピアノを、老化防止のために始めた。今度は自分の弾きたい曲を弾かせてもらい、けっこう楽しんでいたが、賜物がないのだろう。

いつもリサイタルの際には祈らざるをえなかった。今回はとうてい弾けるようになるとは思わなかったドビッシーの「月の光」に挑戦。そしてなんと全曲弾けるようになった。なるほど、神様には不可能はない。リサイタルの際にはいつもあがってしまうので、かなり練習を重ねた。

いつもより余裕があった。ところが、リサイタルの本番の時に驚いた。指が動かない。ごまかして弾き終えたが、全く違う音を弾いてしまったり、なにしろ、ひどかった。聴衆の夫が気の毒だった。たぶん、いつもは神様に頼ったのに、今度はかなり自信があって弱い時に働く神様におすがりしなかったせいだろう。

なにしろ、ピアノの賜物がないのははっきりした。その上、これが弾けたら死んでもよいと思った曲をマスターしたことは確かだ。これでピアノのレッスンを続けるのはやめた。

さて、なにが私の賜物だろう?運動もだめだ。他の人に迷惑がかからない、自転車乗りや歩くことくらいしかできない。絵もだめだ。だが、文を書くことは楽しい。また若いころに一応師範をとった生け花は忘我の卿に導いてくれる。茶道にしろ、書道にしろ、「道」という名のつくものは 芸術だけあって、桃源郷だ。

よし、この賜物を使って、赤ちゃんの生まれた方や病気の方にお花を生けてプレゼントしたり、また教会の祭壇に花を生けよう。その中で大きな神様からの恵みをうけとることができる。伴奏をして迷惑になるようなピアノを弾く事はほかの賜物のある方に任せて、これからはこのお花を生けることを神様に用いていただこう。         

竹下弘美

                                


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2018/06/10命の水の泉から

Posted by NCM2 CHOIR