山の彼方の空遠く  

2018/06/10命の水の泉から

今回の地震、津波の事件から、いかに財産、富、所有物に執着することが、はかない、空しいことであるかをどの人も感じたことだろう。苦労して貯めたお金で建てた家が一瞬にして消えてしまう。自分の一生は何だったのかと虚脱状態になっている人々もいるかもしれない。このことをきっかけに、命の尊さを知り、この機会に永遠への想いに馳せる人々が多くおこされるようにと祈る。

そんなとき「空は空」という言葉で有名な伝道の書を学ぶ機会があった。私の担当は5章だった。5章の最後には次のようにある。「神から富や財宝をいただいた人は皆、それを享受し、自らの分をわきまえ、その労苦の結果を楽しむように定められている。これは神の賜物なのだ」

幸せは手元にある、それを大いにエンジョイすることが人生の真理だという結論だった。 ここから昔教科書に載っていたカール・ブッセ作上田敏訳「山の彼方の空遠く」の詩を思いだした。

「山の彼方の空遠く幸い住むと人の言う。ああ、われ人と尋(と)め行きて、
涙さしぐみ、帰り来ぬ。山の彼方になお遠く幸い住むと人の言う」

幸いは自分のところにあると気づく、青い鳥のテーマと同じだ。二代目桂枝雀氏がやはり、このテーマで落語Happy というのを創作していたことをウエブで知った。「山の彼方の空遠く」の詩から、ある人が、山の彼方にいる老人にさぞ幸せだろうと訊ねることから始まる。

そしてその結果幸せは自分のところにあること、そしてそれを享受することを薦めているが、今回の地震のように、その日その日を感謝して生きていてもそれが取り去られる日がくるのだ。げんにそれを提唱していた桂枝雀氏は自殺した。

人間にはみな神様を入れる空洞があるという。その空洞に神様に入っていただかないかぎり、私たちは、今をエンジョイしても、空しさから脱することはできないだろう。地震がきても揺るがない平安を得ることができるのは、主イエス様を信じること以外解決はない。

あらゆる栄華を極めたソロモン王が辿り着いた結論は伝道の書の最後12章13節にある。「すべてに耳を傾けて得た結論。神を畏れ、その戒めを守れ、これこそ、人間のすべて」桂枝雀氏が生きた神様に会えなかったことは本当に残念であるとともに、私たちはそのような人たち、真の幸せを求めている人々に福音を述べ伝える義務がある。溢れるばかりの神様からの愛をいただいてるのだから。

竹下 弘美


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2018/06/10命の水の泉から

Posted by NCM2 CHOIR