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もしも、イエス様が新宿の深夜食堂のマスターをしていたら・・

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ここロサンゼルスの日本語TV局で「深夜食堂」と言うテレビ番組が放映されています。

原作は漫画で、新宿の花園界隈の路地裏にあると設定された深夜にしか営業しない食堂を舞台に、そこにやってくる人々と彼らが注文する食事にまつわる物語です。

登場する人々は、その場所柄や夜中という設定のせいか、わけありの人々ばかりです。彼らは、決して人生の表舞台に出てくる人ではありません。

でも世間様の片隅で密かに暮らしている人々を、暖かい目線で包み込んでいる雰囲気が毎回、私の心をほんのりとさせてくれます。

深夜食堂のメニューは、豚汁、ねこまんま、卵焼き、ポテトサラダ、アジの開き、お茶漬けのような、庶民的な食べ物ばかりです。それぞれの食べ物にそれぞれの人の思い出とちょこっと悲しいストーリーに感情移入し、私は新約聖書の中に出てくるイエス様と庶民の人々との関わりを感じてしまいます。

もしも、今の時代にイエス様が新宿の深夜食堂のマスターをしていたら、きっとこんな感じかも知れないなあと思うのです。(イエス様の目線は、いつも日の当たらない場所でこそこそ生きているような人々のところにありましたものね)

イエス様に罪を許して頂き、病を癒してもらった全ての人が天使のように清い生活をしていたかというと、現実は厳しいものだったのでは?と、思います。

生活のために、体を売る女性や、金持ちの徴税人、女癖の悪い男、金銭的に欲深な人、生きるために嘘をつき、人を騙し、その罪意識の中で生き続けていたクリスチャンもいっぱいいたはずです。

時に教会内やクリスチャンの間では、上の「ワケあり信徒」を裁き、上から目線にな思いに陥ってしまうことがあると思います。

いつでも、誰にでも「イエス様の目線」と同じところに居られるように、日々祈り続けて、イエス様に許され続けていかなければならない人間である事をこのドラマ「深夜食堂」で再確認したような気がいたします。

“医者を必要とするのは丈夫なものではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。ルカ5:31”

今日のロサンゼルスはとても暑い日でしたが、深夜食堂の定番!豚汁を作ってしまいました。

マダム

豚汁



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