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ザ・証し:確信 | 伊藤嘉一

命とか人生とか、そんな事を考えることがおおくなったのは自分の性格や状況のせいだけでもなく、50代なかばと言う年令も関係しているのかと思う事がある。

団塊世代の私は、終戦直後に生まれ、日本にまだものの無い時代に育ち、子供の頃は、白黒テレビで見る大きな車にのって、いつもコーヒーを飲んでいるアメリカ人の生活にただ憧れてきた。そして、そんな暮らしをする事がかっこいい幸せと信じていた。

当時の日本全体にそんなムードを感じたけれど、仕事と金持ちになること、それ以外に人生の意味は考えられなかった。それでも、私にはそれに向かってガムシャラに頑張ると言う根性みたいなものはなかった。

ただビートルズやグループサウンズにつかり自分を見つめるとか、何かの問題に取り組むと言う事も無く、楽しかったけど、毎日が風のように流れて行く生活をした。いつの間にか自分の価値感は他人と比較する事で出来上がり他人をみては優越感を感じたり、劣等感を感じたりした。

1981年、34才でアメリカに来た。世界中で日本がもてはやされていた頃で、ロスアンジェルスでも商社マンや銀行家が肩で風を切って歩いていた。私自身、恐いものは何もなかった。

何でもできると思っていた。そして、日本で12年勤めた会社を辞め、アメリカでCMプロダクションを始めた時、はじめて自分が何も出来ない人間である事を知った。張り子の虎のように、外側だけで中身が何も無い自分に気が付いた。

当然のように、ビジネスは2年で失敗、無一文となった頃真剣に自分ってなんだろうとか、本当の事って何なのかを考えはじめた。確信が欲しかった。失敗とか、成功とかそんなその場その場で変わってしまうものでなく、絶対に変わらない人生のガイドが欲しかった。 そんな時、生まれて初めて聖書を読んだ。

全ての命には神と言う創造者がいると言う世界観は、人間社会の世界観とは全く違う。すぐに神を信じたと言う訳ではなかったけれど、キリスト教会に通ううちに自分からすすんで洗礼を受けた。仕事はガーデナーを始め、生活は苦しかったけれど、自分の全てが新しくなって行くのを感じていた。

振り返ってみれば、いつも教会の方々に祈られ、助けられていた。そうでなければ生きられない生活だった。もうだめだ、と何回も思い 必死で聖書を読み、祈り続けた。17年たって、今も苦しい生活は変わらないけど、2人の子供は自力で大学に進み、私はメディア伝道に全力で生きている。

聖書は神のことばと言う確信とイエス・キリストへの感謝に満たされて・・・。

伊藤嘉一(JMGM)

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