花に埋もれ

2018/06/11命の水の泉から

「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。 使徒行伝16:31」

花に埋もれ 『命の水の泉から』1
もうすぐ101歳になる母は、この9年間、姉夫婦の手厚い介護のもと、自宅で生活していました。92歳になるまでは帰日する私におさんどんをしていてくれた母ですが、後縦靭帯骨化症という難病になり、またその上骨折したりして、ベッド生活になりました。このことは働き者の母にとってはとてもつらいことでした。

姉は介護サービスをうまく使って入浴サービスやリハビリの介護士さんにお世話になりながら、母の自宅で介護を続けていました。

たぶん、食生活が良かったからでしょう。お医者さまにどこも悪くないといわれていました。毎回義兄がほかの家族と同じものを細かくはさみで切って食べさせてくれていました。

3週間前、日本からの姉の電話で、少し食が細くなったという話をきいた翌朝4時過ぎに知らせがありました。夕食を食べさせるために車椅子に乗せ、入れ歯を入れて、いざ食べさせようとしたときに召されたとのことです。

花に埋もれ 『命の水の泉から』2
その夕方のフライトで日本に飛びました。母はまるで、寝ているかのように冷房のきいた寝室でいつもの介護ベッドに横たわっていました。すでに翌々日の前夜式、その次の日の告別式が決められていました。

キリスト教の葬儀社の方に喪主の姉夫婦と私と夫4人で 会い、打ち合わせをしました。最後にお花を会葬者にわけてくれるところまで、手配してくれるというかゆいところに手がとどくようなサービスでした。

その晩隣室に母の遺体をみながら、いつものように姉と義兄による心のこもった手料理を食べました。最後の晩餐です。でもいつもだと、母を車椅子に乗せて、手を洗いにつれていき、母の分は細かく切るという作業がなく、すぐ食卓につくことができ、その時に初めてみんな母が亡くなったという現実を悟りました。
花に埋もれ 『命の水の泉から』3
翌日の前夜祭と次の日の告別式には母の教会の方々、私の従兄従姉妹達や友人達が参列し、特に母に世話になったという母にとって姪や甥にあたる、私の従兄妹達が涙を流していました。

母の教会生活は父が病床洗礼を受けて3日後に亡くなったことから始まり、ほんの5年間でしたから、どんな信仰であったかわかりませんが、天に帰ったと確信しています。

おもえば私が救われてから、両親のために毎日祈りながら、そのことがかなえられるとは思っていなかった不信仰の私でしたが、父も母も救われたのです。

カリフォルニアに帰ってきた直後、クリスチャンピアニストの小堀英郎さんのコンサートがあり、「ふるさと」を奥様の平田葉子さんが歌うとき、小堀さんが、私たちのふるさとは天国だというお話をなさいました。母も父も今ふるさとにいることを信じます。私もいつか、帰ることでしょう。

竹下弘美

花に埋もれ 『命の水の泉から』4


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2018/06/11命の水の泉から

Posted by NCM2 CHOIR