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クエを食ったら、他のはクエン

(これが高級魚、クエです。覗き込んだら、バッと口を開けて威嚇されました。)

<私は、クエという魚を知りませんでした>

家族ぐるみで親しくしているM氏は、和歌山は紀州熊野の出身で、幼いときから海や川であそんでいた人です。いつどのようにして“泳ぎ”を覚えたのかわからないという方です。一流商社からアメリカに計3回、通算15年派遣された方で、私たちとは、ロスアンゼルス(オレンジ郡)とサンフランシスコで親しくさせていただきました。

この「クエを食ったら、他の魚はクエン」という言葉は、彼から聞いたのでした。彼によると、30年程前まではクエ鍋を囲むことは、そんなに珍しいことでも大層なことでも無かったそうです。彼のさりげない言葉の中には、古き良き時代を思い起すような響きがあります。

<五島列島>

今回、五島列島に行き、キリシタンの教会巡りのツアーに参加しました。この教会(旧五輪教会)は、明治14年(1881年)に建てられた教会で、解体されて現在の場所に移設されたのですが、素晴らしいものでした。その他の教会は、再建(改造)されたものでしたが、どの教会もキリシタン信仰を垣間見たように思いました。

このツアーの他にもう一つしたいことがありました。それは、“クエ料理”を食べるということでした。宿泊していた福江島には、クエを食べさせてくれるところがありました。

五島列島は、鮮魚の宝庫です。ただ、たどり着くまで予約できず、着いた晩はダメでしたが、翌日の夕方には予約がとれたのです。かなり高価でしたが、念願がかなったのです。これは、東京ではそう簡単に食べられない代物です。

<クエのフルコース>

クエの本場なのにどうして高価だったのか?それは、1匹のクエを2人で食べたからです。ものすごい量です。鍋になる前に、お刺身、酢の物(キモなど)、煮つけ、茶碗蒸し、てんぷら、握り寿司など。クエには骨以外捨てるところがないのです。それで、もう鍋になる前にお腹がいっぱいです。

困ったことは、私には、クエに対する抑え切れないほどの“期待感”があったことです。これは、最悪です。なんでもあまり期待してはダメなんです。映画もあまり期待したら、“なんだ、大したことないじゃん”ってことになります。逆に、全然期待しないと大した映画でなくても“あれ、以外にいいじゃん”ということになります。

私の周囲にクエを食べたという人は、あまりないけど、クエについてネガティブなことを言った人はいません。もし、他の魚と比べたらどの魚に似ていますか?と訊いたら、“ふぐ”だと言います。

“クエ”の身は“ふぐ”のように弾力がありますが、ふぐと違うのは、かなり厚く切ってもかみ切れるという不思議な魚です。硬いけど柔らかい(?)だから、握り寿司にすることができるのですね。個人的には、その食感は真鯛に似ていると思いましたが、鍋にしたときのクエは、全然煮崩れしないのです。すごいです。

ただ、その味は、期待外れではないけど、飛び上がるほどおいしかったとは言えないものでした。もし、さばいた後に2,3日置いたら、食感もよくなり、甘味がもっと出てきたのじゃないかと思います。マグロなどは、さばいた直後は、トロも食べられないほどまずいそうです。

でも、お店としては、よっぽど馴染みのお客じゃなければ、さばいてから熟するということなどしてくれないでしょう。だいたい、予約した客が来なかったなんてことがあったら大変です。原価が高いんですから。

<残された時間>

肺癌になって良かったことは、自分の残された期間を意識するようになったことです。肺癌は、2人に一人が再発するそうだし、放射線で焼かれた肺は小さくなったみたい。高い声が出せない。礼拝での賛美も大きな声で歌えなくなりました。でも、神さまは、私にもう少し時間をくださいました。

それで、私は、残りの人生、2つことに集中したいと思っています。それは、(1)神さまからの福音(良い知らせ)を伝えることと、そして(2)美味しいものを食べたい。その手始めが“クエ”でした。

「6:35 イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」(ヨハネの福音書6章35節)

ロバート・イー

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