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主はつむじ風の中からヨブに答えられた。あなたは腰に帯をして男らしくせよ。

 

これは、私が現役で働いていた時、壁に貼っていた絵葉書である。私は、猫が嫌いだった。猫の態度がいや、人を馬鹿にしているような、そんな生き物をわざわざ飼うという神経がわからない。

だいたい名前を呼んでもこっちに来ない。(耳が動くから、聞こえているようだけど)決して来ない。名前を呼んで、ノソノソ来るようなのはもう“猫”のDNAを失った猫族である。自分から近づいてきたから、なでようとしたら、シャーっと威嚇され、引っかかれる。勝手にしなさい、と言わざるをえない。それが“猫”である。

私たちがアメリカに留学したのが49年前、自分たちで働きながら学校に行こうという無謀な計画だった。今から思うと実に愚かだったが、それでも、神さまは、私たちを支えていてくれていたのだった。(勿論、その頃は、何も知らない)

私が、コンピュータの学校に通う間、妻は、輸入通関会社の会計の仕事をして収入を得ていた。私は勉強だけ、妻は家事洗濯すべてをこなして、尚、週に数回、夜のアダルト・スクールに行っていた。

その日、アダルト・スクールから帰ってきた妻が「やせた迷いネコ」を見つけたと言った。

その晩は、丁度、魚を食べた時で、魚の残りがあったので、その子猫に食べさせるために、そこに行ったら、あまりにやせていて、ほほがこけているので、狐のような顔をした白い子猫であった。

魚を出したら、ガツガツ食べるので、“急に食べたら死んでしまう”からと言って、家につれて帰った。猫を何匹も飼っていたアパートの持ち主のところに持っていったのだった。そうしたら、“自分たちで飼いなさい”と言われたのである。(そこはペット禁止のところだったのに)

その白い子猫は、ジョナ(旧約聖書のヨナ)と名づけられ、私たちがもっとも困難な時に生活を共にした猫だった。ようやく、何とかアメリカで生活ができそうになった、その時に、ジョナは、白血病で死んだ。二人は涙も流せずに悲嘆にくれた。あまりに悲しいと涙もでてこない。

そんな時、聖書をパラパラと開いていた私は、「ヨブ記」という実にユニークな書物に出会った。義人ヨブが理不尽な苦難に出会う話であるが、ヨブの苦しみが、否、私の苦しみをヨブが代弁してくれたように思えたのかもしれない。

「この時、主はつむじ風の中からヨブに答えられた。無知な言葉をもって、神の計りごとを暗くするこの者はだれか。あなたは腰に帯をして男らしくせよ」(ヨブ記38章1~3節)

私たちは、この世界を制覇し宇宙をも我ものにしようとしているかの如くに見えるが、本当は何も知らないと聖書は言う。そして、人はひとりで生まれ、ひとりで死に、ひとり主なる神の前に立つというのだ。・・・主の十字架の贖いを信じることができる人は、なんと幸いなことか。

ロバート・イー


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