Read Article

ビリーグラハム国際大会での決心は、僕の「使徒行伝29章」のはじまり・・

2018年2月21日。イエス・キリストの福音を宣べ伝えた今世紀の偉大なアメリカの伝道者、ビリー・グラハム牧師(99歳)が、主のみもとに召されました。

1967年に日本武道館で行われた第二回ビリー・グラハム伝道大会行ったのは、僕が小学5年生(11才)の時でした。幼なじみで、地元葛飾区「亀有キリスト福音教会」の日曜日学校に通っていた家内は、後楽園球場(今の東京ドーム)での大会に参加しました。

Wikiによれば、第二回ビリー・グラハム伝道大会の聴衆は延べ20万人、決心者が1万5,000人。まことに昭和の大リバイバル集会でした。

お目当は、クリフ・リチャード

この大会に12歳年の離れた異母兄弟の兄(献身し当時は副牧師) がこの時にボランティア・スタッフとして働いていました。

確か、その大会の特賛ゲストだった1960年代のイギリス🇬🇧人気ポップ歌手、クリフ・リチャード(Cliff Richard)の警護(セキュリティ)だったと思います。

小学生なのに、洋楽好きな親友、寅さんの影響で僕もイギリス🇬🇧、アメリカ🇺🇸のポップミュージックに傾倒していたので、「兄ちゃん、クリフ・リチャード にサイン貰ってくれ〜!」と、懇願したのを覚えています。

僕の「使徒行伝29章・・」

第二回ビリー・グラハム伝道大会が近づき、兄の熱心な誘いに根負けした父(コテコテの浄土真宗信者) は僕を連れて武道館に赴きました。

グラハム先生の直球!福音伝道メッセージ、そして、羽鳥明牧師様の(今にして思えば)人間国宝級の公式通訳は、どちらがメッセンジャーだか、通訳だかわからないほどで、小学5年生の僕の魂を揺さぶり、気がついたら招きの場に立っていたのでした。

当時大好きだったクリフ・リチャードの生歌に感動したのか、羽鳥先生の大迫力の通訳だったのか、それとも、その場の空気(なりゆき)だったか・・。 ボランティア・スタッフの方にお祈りして頂き、自分の席に戻った時、(心配した)父にそれはそれは、こっぴどく叱られました。

嗚呼!あれから50年。悔い改め、アメリカ合衆国で幼なじみの家内と洗礼を授かってから38年。NCM2の活動を始めて32年。

小学5年生のビリーグラハム国際大会での決心は、僕の「使徒行伝29章・・」として、この世の旅路を歩み続けています。

NCM2隊長


米キリスト教伝道師、ビリー・グレアム師 「死んだと聞いても信じるな」 BBC News



ゴスペル・ブログランキングに参加しています。よろしければ応援クリックをお願いします。


コメントをどうぞ。

*
*
* (公開されません)

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

Return Top