高木輝夫牧師トリビュート | 祈りましょう

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NCM2隊長の恩師、高木輝夫牧師様が2015年1月19日(日本時間)天国に凱旋されました。

高木輝夫牧師ご夫妻の存在がなければ、隊長はイエス・キリスト様の救いにあずかる事も、音楽を学ぶ事も、そして、アメリカ合衆国に永住帰化することもなかったように思えます。

私がはじめて高木輝夫牧師が教会されていた故郷の亀有キリスト福音教会のサンデースクールに行ったのは小学校2年生の時でした。(同郷の家内とも教会の幼なじみでした)

当時亀有キリスト福音教会がボランティアで開講していた英語塾に小学校の頃から通っていたのですが、今思えばその頃からアメリカ合衆国への憧れが芽生えていたのかも知れません。

中学生になりだんだん教会から足が遠のいた後も、私たちの事を忘れないで祈り続けていて下さった高木輝夫先生ご夫妻・・。23才の時に悔改めて救われてロサンゼルスの日系人教会で受洗したすぐ後に帰国した時には、大粒の喜びの涙と両手を広げて、懐かしい教会に迎え入れて下さいました。

以来35年間、訪日の折には必ず高木先生ご夫妻にお目にかかり、祈りを持ってとりなしと祝福を頂戴していました。(それは、あたかもフーテンの寅さんと御前様の関係のようでもありました。)

わが恩師、高木輝夫牧師を憶い、髙木輝夫牧師へのトリビュートアルバム「祈りましょう」をプロデュースさせて頂きました。

2枚組のこのアルバムの”Disc1”にはこれまで隊長がプロデュースをした、安藤秀世、稲垣利也、遠藤久美子、イ・ジュンソク、NCM2 CHOIR、コロハナ、ギンテツ(GINTE2)、久米小百合、久米大作、中村裕二、中村智恵子、ペドロ・エウスターチェ、Duo Takase、ブルース・サウンダース、松尾ユリ、ミチコ・ヒル、(以上、敬称略)の、日米韓のクリスチャン・アーティストの皆様の各楽曲を収録したコンピレーション・アルバムとなっています。

“Disc 2″には高木輝夫牧師のメッセージを中心に、高木先生が作られた「祈りましょう」のインスト楽曲を収録しています。ご子息の高木道也兄の詩「父の背中」は大倉信牧師(サンディエゴ日本人教会)が朗読を担当。CDのライナーノーツは西岡義行牧師(東京聖書学院教授)に執筆をお願いしました。

このトリビュートアルバムに参加して頂きました皆様に心から御礼を申し上げます。

この高木牧師様へのトリビュートアルバムは私自身の信仰の足跡であり、愛する高木先生への感謝の賛美です。偉大な伝道者、祈りの人、高木輝夫牧師との出会いとこれまでのお導きを主イエス・キリスト様に心からの感謝の祈りをお捧げいたします。

ヨシオ・J・マキ(a.k.a.NCM2隊長)


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高木輝夫牧師トリビュート – 祈りましょう
Let Us Pray – tribute to Rev. Teruo Takagi (MP-10322)

「祈りの人」高木輝夫牧師のメッセージと日米韓国のクリスチャン・アーティストによる賛美トリビュート・アルバム

Disc 1 :
1. あなたと会うたびに / ヨシオ・J・マキ
作詞・作曲・編曲:ミチコ・ヒル

2. 花も /イ・ジュンソク
作詞・作曲:MEBIG 編曲:ミチコ・ヒル

3. あなたを賛美しなければ / 久米小百合
作詞:牧昭子  作曲・編曲:ミチコ・ヒル

4. いつくしみ深き / 松尾 ユリ
Lyrics by Joseph Scriven 1855 Music by Charles C. Converse 1868
編曲:ミチコ・ヒル

5. 世人に神の愛を説き / 安藤秀世
曲:アイルランド民謡 作詞:安藤秀世 編曲:ミチコ・ヒル

6. Great Is Thy Faithfulness(主のまことはくしきかな) / Duo Takase
Lyrics by Thomas Chisholm Music by ‪William M. Runyan‬ 編曲:Duo Takase

7. Pescador De Hombres / 遠藤久美子
Music and Lyrics by Cesáreo Gabaráin Azurmendi
編曲:ミチコ・ヒル

8. 君に伝えたい / 稲垣俊也
作詞:牧昭子 作曲:ヨシオ・J・マキ  編曲:ミチコ・ヒル

9. この長い道 / 中村智恵子
作詞:牧昭子 作・編曲:ミチコ・ヒル

10. Sai-Chen / 久米大作
作曲・編曲・演奏:久米大作

11. 祈ります / 中村佑二
作詞・曲:中村佑二  編曲:ミチコ・ヒル

12. むすんでひらいて / NCM2 (New Christian Music Ministry)CHOIR
作詞:不明 作曲:ルソー 編曲:ミチコ・ヒル

14. 父の背中/ 朗読:大倉信 
詩:髙木 道也 
BGM:「i祈りましょう」 作曲:不明 作詞:髙木輝夫 編曲・演奏:コロハナ

15. グローリーハレルヤ / ギンテツ(GINTE2)
作詞・作曲:西岡恭蔵  編曲:ミチコ・ヒル

Copyright © 2015 MIDI, INC. and NCM2,DBA Maki Music Production, Inc.


ライナーノーツ:高木輝夫牧師トリビュート – 西岡義行

「町のかどで、飢えて
息も絶えようとする幼な子の命のために、
主にむかって両手をあげよ。」(哀歌2:19)

この聖書の言葉を読むたびに、高木輝夫牧師を思い出す。私が東京聖書学院の修養生一年の春、最初に奉仕教会として派遣されたのが亀有教会だった。はきはきとした高木先生のかん高い歓迎の声と、先生の笑顔は一瞬にして緊張をほぐしてくれた。土曜午後の奉仕を終え、深夜になると、あの昼の声とは裏腹に、呻くような祈りの声、時に神に訴えるような声が壁伝いに響いてくる。すると、あの町のどこからか、夫婦げんかの罵声、子どもの泣き叫ぶ声も耳に入ってくる。

元気のいい下町の明るさとは裏腹に、静まりかえる闇夜に響く町の人々の呻きの声。現実の社会の闇に遣わされている牧師の戦いのすさまじさを実感した。久しぶりに、このCD、高木輝夫牧師トリビュート・アルバム「祈りましょう」に収録されているメッセージに耳を傾けたときに、昨日のように甦ってきたのが、あの祈祷だった。ある牧師が「祈りは闘いだから、祈祷は祈闘だ」と語っていた。その闘いをきっと続けてこられたのだろう。だから人々の闇の現実に届き、にもかかわらずその先にある希望へと招くことができるのだと、つくづく思う。

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あるとき、「この本ができたんだよ。子どもの質問に答えたら101にもなってね」と、『もしもし聖書101問』を見せて手渡して下さった。教会学校に力を入れ、あちらこちらでこども集会を開きながらも、さらにその眼は教会の子、地域の子ども、さらに全国の子どもたちにも向けられておられた。だからこそ生み出された本だ。

純粋な子どもたちの質問には、ドキッとするほど的を得た物事の本質に迫るものがある。どの世代の者が読んでも、人として生きる上での根本的な課題に切り込む鋭さがあるゆえんである。しかし、それが易しく、分かり易く、時にユーモアを交えて答えるのだから、不思議な書物である。その背後には、先生の子どもへの姿勢がある。そのことを思うとき、あの祈りの姿勢と先生に語りかけられた冒頭のみ言葉が響いてくる。

子どもへの働きは、水の上にパンを投げるようなものであることを思わずにおれない。手塩にかけて育てた子どもたちの中には、離れていく子も多く、いつ巣立っていくかもわからない。教会の祝福のためにではなく、子どもを愛するがゆえになさっておられた。子どもたちが社会の闇や矛盾といった大きな見えない力に引きずり込まれる現実を見て、その叫びに耳を傾け続けた先生だからこそ取り組まれたのだろう。

本物を見破る幼子の純粋な目は、この人の信じている方は確かで本当だとどこかでわかるのだろう。帰るべきところがどこなのかを知って、日本の各地に、そして世界へと巣立っていく。そこで、 現実世界の無情なほどの醜さと恐ろしさに直面し、同時に本当の自分の姿を知らされるという只中で、帰るべきところが見えてくる。

子どもの頃聞いていたあの福音の元へと帰ってくる。高木先生が立ち上がらなかったら、今の私はいませんという人がどれほどいるだろう。このCDに収録されたすべてのアーティストの音源をプロデュースして来られたアメリカ在住の音楽プロデューサー、ヨシオ・J・マキ氏はまさにその事実の証に他ならない。マキ氏も作詞家の奥様である牧昭子さんも東京葛飾区亀有出身で、子どもの頃に高木先生の日曜学校に通っておられた。そして、このCDを通じて聞くこと見ることは、まさに闇に輝く希望を証している。

子どもの頃、レコードプレーヤーが壊れているのに、手で回すとレコード針から小さな音が聞こえてくるのに驚いたことがあった。音楽やメッセージが何かに記録され、再現されるというのは、不思議なことだとつくづく思った。音波の振動が鼓膜を通じて脳に行 仕組みを機械的に再現することで、保存が可能なのだろう。不思議といえば不思議である。しかし、機械を通さなくても残っていることがある。口ずさんだ曲が、一日中BGMのように響くことがある。誰かの言葉が、耳から離れないことがある。記憶のどこかに残り、自動的に演奏されているのだろうか。

ところが、CDにおいて収録されたこの高木先生の声や賛美の歌声を聴いていると、不思議なことが自分の内に起きていることに気付く。再生すると、なぜか自分の脳に収録されたおぼろげな記憶とともにその生の声、表情、そしてその暖かさまでもが甦ってくる。ピアニストで作・編曲家のミチコ・ヒル氏とヨシオ・J・マキ氏が主宰する、ロサンゼルスの日系ゴスペルコーラスグループ、NCM2の作品にはそのようなある種の魔法のようなものがかかっているのではないか、と思うほどである。2011年に全世界でリリースされた、『MY JAPANESE HEART』は、日本の懐かしい曲が、現代のジャズとコラボされ、見事に新しくも懐かしい曲となって、遠いアメリカから被災地の方々に届けられた。コンテンポラリーな心地よい響きとともに、子どもの頃に聞いた懐かしいメロディーが甦ってくるのは、実に見事としか言いようがない。

今回の作品にも似たようなことが起きていることに気付く。それは、今聞いているその音と、かつて聞き、見ていた記憶にあるあの懐かしさとが見事にコラボしているのである。おそらく、聞いている私の体の中で、耳から入ってくる音と、記憶にある内なる音とが響き合って新たなハーモニーが創られるという現象が起きているのだろう。そして、それは次第に生の演奏に限りなく近づいていく。いや、もしかすると、その人の中では、まさにそこで演奏者が楽器を奏で、説教者が何かを伝えてくるのかもしれない。それはもはや音ではなく演奏であり、音声ではなく語りかけとなる。そのように感じるのは、きっと私だけではないはずであると強く確信する。

さて、この髙木輝夫牧師トリビュート・アルバムCDに収録(賛同)された日米韓国の素晴らしいクリスチャン・アーティストの方々を思い浮かべると、そこにも不思議な共通点があるように思う。それは、それらの方々の背後に、出会いを与え、思い出と未来への希望、さらに勇気と愛を手渡された方がおられるということである。しかも、その方は、私たちそれぞれの自己への挫折と絶望の中で、本当の意味での自分自身の価値と可能性に眼を開かせ、 私たちを新たな人生へと踏み出させてくださった。その方は、主イエス・キリストであり、その方との出会いは、私たちにとっての福音である。

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この福音に触れて創られた賛美、祈闘の中で主より与えられたメッセージには、芸術性や雄弁さを超える不思議な何かがある。それは、演奏する者、語る者をも超えて伝えようとする方からの、見えない贈り物とでもいえる何かである。ぜひ、その見えない贈り物を受け取られることをと願っている。その恵みを味あわせていただいた者は、何という幸いであろうかと思う。

「わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。
見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。」
 (コリント第2の手紙4:18)

本物には、時代を越える力がある。時が経っても、色あせることのない輝きがある。きっかけさえあれば、その感動が甦えり、人を豊かにする。それこそ、宝といわれるに相応しい。このような素晴らしい宝と出会う人は幸いであろう。このCDにはそうした宝が詰まっており、この宝との出会いは、次の新しい出会いを予感させる。

そのような恵みと可能性に満ちているアルバム(CD)が、この世に送り出されることは、実に大きな喜びである。それは、高木輝夫先生を知らない人にも、そして、まだその世界を経験していない人にも通じるものがあると確信する。なぜなら、髙木先生の背後には、この町の角で人知れず呻き苦しむ子どもたちの声を聴き、ともに痛むキリストがおられるからだ。その痛みを知り、キリストへの祈闘の中から語られるメッセージは、時代を越えてこれからも語りかけられることを信じている。

西岡義行
日本ホーリネス教団 川越のぞみ教会 牧師
東京聖書学院教授


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